ジェス・ラーディエル〜プライベート・リアクション1 『強さと、優しさと』 ハーブロークの大都市ザムソン。庶民の住居が並ぶ街路からは、公爵ゲイルロードの居城が雄雄しく突き出るかのように見えた。ゲイルロードに憧れる少年少女は多かったが、ジェス・ラーディエルという名の少年は例外であった。 ジェスの母親メネアはかつて英雄として名を馳せ、剣の達人としても知られていた。伝説の魔法剣である『光輪雷鳴剣デュアルディーク』を振るう母の姿は、未だにジェスの心に焼き付いていた。強くてかっこ良くて、少し口が悪かったけれど、心優しい母親は、ジェスにとって一番の英雄であった。 だからこそ、母親が病気で亡くなってしまったことは、12歳であるジェスには荷が重かった。メネアは死ぬ間際、ジェスに笑うようにと語りかけた。だが、ジェスは笑えなかった。笑顔で母親を見送ることができなかったことを、ジェスは心底後悔していた。 泣くことはしなかったが、淡々と毎日が過ぎていった。父親のカイルがいつものように話しかけるが、ジェスは以前よりも口数が減ってしまった。丸一日しゃべらないこともあった。そんな様子に、普段は厳しい祖父も、ただ黙ってジェスを見守っていた。 「ジェス君、今日はとても天気が良いから、外で遊んできたらどうですか?」 カイルが笑顔でそう告げた後、ジェスはしばらく黙っていたが、ふと怒りが込み上げてきたのか、父親を睨みつけた。 「……父さんは……母さんがいなくても……変わらないよな……」 「……ジェス君?」 カイルは戸惑ったような表情で微笑んでいたが、そのせいかジェスはますます不機嫌になった。 「……母さんが……いないのに、父さんは悲しくないのかよ?!」 「……。……ジェス君……」 カイルはそれ以上、言葉が出なかった。ジェスは自分のマクラを父親に投げ付けると、走りながら部屋から出ていった。ジェスの声と駆け出す音は外まで響いていたこともあり、買出しから丁度戻ってきたレイゼがジェスの前に立ちはだかった。レイゼはメネアの部下であったが、諸国漫遊後はカイルの古道具屋に居着いていた。 「ジェス、こっちに来い」 レイゼは買出しの袋をテーブルの上に置くと、ジェスの腕を無理やり掴み、店の外へと連れ出した。 「な、なんだよ。いてぇな、離せってば!」 ジェスは抵抗したが、レイゼは決して腕を放そうとはしなかった。 「いいから、来い!」 レイゼはそう言いながら、ジェスを裏通りへと連れて行った。様々な店が建ち並ぶ一角で立ち止まり、行き交う人々に背を向けて、レイゼはジェスの顔を何も言わずに見つめていた。 「……なんだよ」 レイゼが何か言いたげな顔付きをしていたことは、ジェスにも分かっていた。おそらく、自分の声が外まで聞こえていたのだろう……。 「……別に……父さんとケンカした訳じゃ……」 「ケンカじゃなくて、お前が一方的にキレてただけだろうが」 レイゼの厳しい口調に、ジェスは黙り込んでしまった。 「……おまえは、本当にカイルが悲しくないとでも思っているのか?」 「……。……分かんね……」 ジェスがポツリと言うと、レイゼはジェスの頭を小突いた。 「人の気持ちも理解できないで、何が英雄になるだ。笑わせんな」 「……。……」 さすがにジェスも、レイゼの一言でうな垂れてしまった。涙が零れ落ちそうになったが、ジェスは必死に耐えていた。 「あのな……カイルには口止めされてたんだが……メネアが亡くなった日……ヤツは泣いてたぜ。おまえが寝付いた後にな」 その言葉を聞いて、ジェスは涙を押さえることができなかった。顔を下に向けたまま、拳を握りしめ、泣くまいと思っていたが、自分の思いとは裏腹に涙が零れ落ちた。 「メネアが言ってたろ?……笑って欲しいって……だから、カイルはおまえの前では笑ってたんだ。悲しいのに笑うってのは、おいそれとできるもんじゃない……おまえなんかより、カイルの方がよっぽど強いぜ」 レイゼも悲しかった。泣くことはなかったが、笑うこともできなかった。自分の弱さに、レイゼはしばらく呆れていたが、カイルの笑顔を見ているうちに、不思議と心が穏やかになっていた。 「……メネアは別に泣くなとは言ってなかったからな。安心しな」 レイゼはそう告げた後、ジェスの頭を掻き毟るように撫でた。 「……。……」 ジェスは思わず、声を殺して泣き崩れた。それでも、レイゼにしがみ付くことはしなかった。レイゼは黙ったまま、ジェスを覆い隠すように路上で立ち尽くしていた。時折、レイゼは空を見上げていた。 ○ 「……ただいま」 夕方、ジェスが店の中へと入ると、カイルは笑顔で出迎えた。息子の泣き腫らした顔を見て、レイゼとのやり取りを察したが、そのことには一切触れなかった。その前に、レイゼが先に帰宅していたことから、カイルはある程度予想していたが、ジェスの顔付きを見て、その予想があながち間違いではないと悟った。 「ジェス君、お帰りなさい」 たったそれだけの言葉であったが、カイルの微笑みには言葉以上の温かさがあった。ジェスは久しぶりに父親の温かさを感じた。久し振りというよりも、自分が父親の心に気がつかなかっただけ……そう思うと、ジェスは申し訳ない気持ちになったが、いつもの調子でこう告げた。 「あのさ、これ……拾ったんだけど」 ジェスは裏通りで拾った子犬を父親の前に差し出した。 「飼ってもいい?」 すると、カイルは微笑みながら答えた。 「ジェス君が面倒みるなら、良いですよ」 「俺が?!」 「そうですよ。君が拾ってきたのですから、君が責任を持って面倒みなさい」 「ちぇ、分かったよ」 「……その口振りだと、私に面倒を押し付けようと考えてましたね」 「えっ?! ちがうって、父さんと俺で……」 「嘘はダメですよ」 カイルとジェスの会話を聞いて、レイゼは自然と笑顔になっていた。 (完) 【プレイヤーより】 このプラリアは、ジェスが12歳の時……母親が亡くなった後のお話です。お気楽極楽に見えるジェス君ですが、人並みの辛さは経験していたようです。(ようですって、自分で作った設定ですけど) とは言え、やはり世間知らずで死ぬほど辛い経験をしたことがありませんので、まだまだ甘いというか、17歳の今でも未熟な少年です。そんなジェスが、Bエリアでの経験でどのように成長するのか、本当に楽しみです。 ここだけの話ですが、実は当初、ジェスのじいちゃん(通称、グランパ)でプレイする予定でした。いろいろあって、ジェスでプレイすることになりましたが、じいちゃんの話はまたいずれしたいと思っています。ちなみに、ジェスの父ちゃんは一般人ですが、メネア母さんが惚れるくらいの器量を持っており、なかなか侮れない人です。だから、じいちゃんも結婚は許したのでしょう。(口には出さないが、じいちゃんはカイルのことを気に入っているようです。) |